言葉の「誤用」を嘆く声は、いつの時代にも絶えない。本来の意味とは異なる使い方が広まると、言葉の乱れだとして批判の的になる。だが、言葉の歴史をたどれば、今日正しいとされている用法の多くも、かつては新しい使い方として登場したものであることが分かる。 ある語の意味が変化するとき、そこには多くの場合、話し手たちの必要が働いている。既存の言葉では言い表しにくい感覚を表現するために、手近な語が新しい意味を帯びて使われ始める。それが多くの人に受け入れられれば、やがて辞書にも載り、正しい用法の仲間入りを果たす。言葉は、使う人々の手によって絶えず作り直されている生き物なのである。 ( A )、どんな変化も無条件に受け入れてよいということにはならない。言葉の最も重要な働きは、人と人との間で意味を伝え合うことにある。同じ語が世代や集団によって正反対の意味で理解されるような状況では、伝達そのものが危うくなる。誤用を指摘する声の中には、単なる懐古趣味ではなく、こうした伝達の混乱への懸念が含まれている場合も少なくない。 したがって問われるべきは、ある用法が「本来」のものかどうかではなく、それが現にどれだけの人に共有され、意思疎通を妨げていないかという点であろう。変化を頭ごなしに否定するのでも、無批判に追随するのでもなく、相手に伝わるかどうかを基準に言葉を選ぶ。その姿勢こそが、変わりゆく言葉と付き合うための作法だといえる。
本文の内容と合致するものはどれか。