長文読解言語長文読解
「わかりやすい説明」は、それ自体として望ましいものだと考えられている。確かに、専門的な内容を平易な言葉で言い換え、要点を絞って伝える技術は、多くの場面で役に立つ。しかし、わかりやすさには見過ごされがちな代償がある。 説明をわかりやすくするとき、私たちは必ず何かを省いている。例外、条件、不確かさ、異なる見解――これらは話を複雑にするため、真っ先に削られやすい。ところが、現実の問題の多くは、まさにその削られた部分にこそ判断の分かれ目がある。「この薬は効く」という説明は明快だが、「どんな人に、どの程度、どんな副作用と引き換えに効くのか」を省いてしまえば、聞き手は自分に当てはまるかどうかを判断できない。 さらに厄介なのは、わかりやすい説明を受けた人が、わかった気になってしまうことである。理解したという感覚は、実際の理解の深さとは必ずしも一致しない。その感覚があると、人はそれ以上調べたり、疑ったりしなくなる。 だからといって、難解な説明がよいわけではない。大切なのは、説明する側が何を省いたのかを自覚し、必要に応じてそれを示すことだ。そして聞く側も、わかりやすい説明ほど、何が語られていないのかに目を向ける必要がある。
本文を読んで、次の問いに答えなさい。 「この薬は効く」という例は、どのようなことを示すために挙げられているか。